「格差是正」に名を借りた「生産性向上運動」の呼号
二〇一六年版『連合白書』の反労働者性
二月八日、厚生労働省は昨二〇一五年の実質賃金が前年比マイナス〇・九%であったと発表した。これで実質賃金は四年連続でマイナスだ。それにもかかわらず、年々歳々深まる一方の労働者・勤労人民の窮状を尻目に、「連合」指導部は今一六春闘において「二%程度」という超低率要求を掲げている。最近では、その要求水準すら後景に押しやって、スズメの涙であっても月例賃金が上がりさえすれば良い≠ニいう姿勢を露骨に示してさえいる。しかもあろうことか彼らは、「連合」傘下の組合員にたいして「日本経済の持続的発展」を果たすためには「生産性向上の国民運動」を起こす必要がある、と政府・独占資本家に全面協力すべきことを号令してもいる。これが労働者階級を資本とネオ・ファシズム国家の鉄鎖によりいっそう強く縛りつけ・さらなる貧困を強制することが明々白々であるにもかかわらず、だ。
安倍ネオ・ファシスト政権は、日本国家を「アメリカとともに戦争をやれる国」に雄飛させることを企んで、憲法九条改悪に突進している。同時に彼らは、この軍事強国・日本の経済的基盤を確立することを狙って、いまやその大破綻が露わになっているにもかかわらず、アベノミクス諸施策を強引に貫徹しようとしている。
安倍政権のもとでいっそう高まる戦争の危機と貧富の格差拡大、この情勢下で開始された一六春闘は、日本の勤労人民の明日を決する重要な闘いにほかならない。わが革命的・戦闘的労働者は、今日版の産業報国運動以外のなにものでもない「生産性向上の国民運動」なるものを、労働者の生活と雇用を守るものであるかのようにおしだしつつくりひろげようとしている「連合」指導部、この腐敗した姿をわが日本の労働者階級の前に徹底的に暴露し、今一六春闘の戦闘的高揚をかちとるために奮闘しなければならない。そのために本稿では、二〇一六年版『連合白書』の反労働者性を明らかにする。
A 賃上げ要求の自制≠ニ「生産性向上」の強調
B 超低額要求を正当化するための恣意的な時代認識
C 上げ底≠フ「底上げ・底支え」「格差是正」
「底上げ・底支え」――その実は「生産性向上」
「ボトムアップ型の春季生活闘争」なるもの
D 労使政一体での「生産性向上運動」の提唱
すでに明らかなように、「連合」春闘方針にドス黒い心棒として貫かれているのは、「生産性向上」の号令、これである。
一六春闘に臨むにあたって「連合」指導部は、日本社会は「超少子高齢化・人口減少」社会に突入したという時代認識≠ノもとづいて、「現在と同程度のGDPを維持しようとするならば、雇用者一人あたりGDPを二倍近くに引き上げるか、労働参加率を高めていかなければ維持できない。すなわち、労働参加率と生産性の両面を向上させることが必要である」(「総合労働条件改善指針策定にあたっての基本的な検討方向」、「闘争方針」に参考資料として付加)と主張している。彼らは一九五五年にアメリカ政府の肝いりで設立された日本生産性本部がうちだした「生産性運動に関する三原則」を改めてもちだして、「日本経済が長引くデフレのただ中にある一方でグローバル競争が一段と進む現在、生産性運動を改めて国民運動として再評価・共有化し、そのうえで健全で持続性ある経済社会の実現をめざしていくべきである」と提唱している。
これは政治的には、安倍ネオ・ファシスト政権にたいする哀訴であり忠誠の誓い以外のなにものでもない。たとえ、「政府のサプライサイドに偏った『生産性の向上』」と「連合」のそれとは違うのだとか、「付加価値の分配はゆがんでいる」とかと、政府・独占資本家にチョッピリ苦言を呈している風を装っているのだとしても、そうなのである。
安倍政権は、アベノミクスの「第二ステージ」と称して「一億総活躍社会」なるものをうちだし、その目玉商品の一つとして「名目GDP六〇〇兆円達成」の画餅=ニンジン≠ぶらさげている。これを実現するためにと称して彼らは、昨年六月末に閣議決定した「『日本再興戦略』改訂二〇一五―未来への投資・生産性革命」でうちだした諸施策を遮二無二実行に移そうとしている。「人口減少下における供給制約の軛(くびき)を乗り越える」と称して「未来投資による生産性革命の実現」なるものをがなりたてているのだ。これにいち早く呼応したのが「連合」指導部なのである。
安倍政権は、昨秋から今春にかけては二〇一三年、一四―一五年と連続しておこなってきた「政労使会議」を開かず、「未来投資のための官民対話」(つまり政使会談=jなるものをもってそれに代えている。昨秋強行した安保法制制定に、傘下労組・労組員の突き上げを受けて渋々ながら「反対」の姿勢を示した「連合」労働貴族を相互に離反させ分断し、特定の労働貴族を懐深く抱きこむために、あえて突き放しお灸≠すえているのである。安倍政権とのパイプが断たれてしまうことに気を揉んでいる「連合」神津―逢見の新執行部は、一四年末の第二回政労使会議で自動車総連会長・相原が提言し安倍政権に激賞≠ウれたことのある「生産性向上の国民運動」なるものを「連合」の方針に高めたうえで、これを忠誠の証≠ニして安倍政権にオズオズと差し出したわけなのである。
具体的には、「連合」指導部は、「労働参加率」を高めるために、「就労ニーズに応じた多様な働き方」と称して、労働時間や労働時間帯の選択、育児・介護のための休職・休業制度や短時間勤務制度の導入、「居所変更を伴う配転のない働き方」などを提案するとともに、それにふさわしい雇用形態や処遇制度の具体化などを検討課題としている。だが、それらは安倍政権が強行しようとしている労働時間規制の実質的撤廃、裁量労働制の適用対象の拡大、解雇自由の「限定正社員」制度の導入などの労働諸法制の大改悪への道を掃き清めるものなのである。
しかも、「労働力減少」に対応していくためにと称して、彼らは「機械化・ロボット化やICT・AIの活用や、IoT(Internet
of Things)、IoE(Internet of Everything)、インダストリー4・0などの生産性向上ツールの活用による働き方の変化や人的労働力から機械的労働力(広義の設備投資、設備代替)〔!?〕への置き換えを進めていくことが容易に想定される」と能天気にのたもうている。帝国主義諸国の政府・独占資本家どもはいま、原材料の調達から製造、流通、販売、メンテナンスにいたるまでの全過程を経営陣がオンラインで管理・統合するICTを活用したシステム(註)やAI(人工知能)をつかった自動化装置の開発・導入を「第四次産業革命」(インダストリー4・0)などと称して競いあっている。だがそれが本格的に導入されるならば、労働者は一体どうなるのか――このことにまったく思いをいたすことなく、「生産性向上ツールの活用」を極めて安直に提言しているのが労働貴族なのだ。
現在でもすでに、労働者は労働貴族を従えた独占資本家によって徹底的に搾取されている。独占資本家は労組指導部を巻きこむかたちで「働き方改革」という名の「生産性向上」運動をすでに開始しており、昨年からは政府・厚労省も参画して国家的にそれをバックアップしている。たとえば電機職場ではすでにさまざまな通信手段を統合したITツールとか社員情報検索システムとかを活用して、経営陣―職制は、全労働者の一挙手一投足を監視・統制し、徹底的にこき使っているのだ。労働者は超長時間労働と労働強度の非合理的な増進を強制され、過労自殺やメンタル疾患が蔓延しているではないか。「不要」とみなされた労働者は、「希望退職」「転籍」「広域配転」の名による首切り攻撃にさらされている。経営陣はこれらの実態を対外的には大っぴらに発表することはない。そこは彼らにとっては「無用のもの立ち入るべからず」(マルクス)という、剰余価値が生産される秘密の場所だからである。彼らは資本の第二労務部≠ナある労働貴族を従えて、対外的には「ワーク・ライフ・バランス」なるものをおしだし、「休み方改革」に励んでいるかのごとくに宣伝しているのである。
すでに右に見たような現状に叩きこまれている労働者にさらに「生産性向上」を号令することほど犯罪的なことはない。また「生産性向上ツール」と称してICTやAI(を装備した装置)を生産諸手段として生産過程に導入することを「容易に想定される」などと称揚することは労働者により徹底した電脳的管理=監視に身を委ねよ、というに等しいのである。ICTやAIの労働過程への導入は、労働者をいっそう「部分人間」化し、機械の付属物に格下げし、労働過程における精神的力能を彼自身から疎外するのである。また強欲な資本家は、これらの生産システムを導入することによって、正規雇用・非正規雇用を問わず労働者を大量に路頭に放り出し、はるかに少人数の非正規雇用労働者をより低賃金でこき使うことを虎視眈々と狙っているのである。
それにもかかわらず、「連合」労働貴族が、独占資本家に全面的に協力して「生産性をあげろ!」と労働者にハッパをかけつづけるのは、労働貴族どもが「付加価値の分配」論(=「パイの分け前」論)に骨の髄まで冒されているからなのである。「生産された諸商品の価値構成のなかのv部分を、直接的生産過程にある可変量としての可変資本から区別できないだけではなく、前提としての労働市場における労働力価値あるいはその貨幣形態としての労働賃金そのものとみなすような錯乱に、いや賃金を『労働の対価』としてとらえるブルジョア的観念に、既成指導部が汚染されてしまっている」(黒田寛一編『革新の幻想』)。
これまでにも労働貴族どもは、賃金を上げるにはパイを大きくするしかない≠ニか自企業の成長あって雇用が確保される≠ニかとうそぶき、組合員たちに「生産性向上」の名における極限的な労働強化を受忍することを説いてきた。その結果がどうだ。いったいこれまでに何百万人の労働者が路頭に放り出されてきたのか! とうてい許しがたいかつ悲惨なかたちで「生産性向上」なるものの結果が厳然と示されているにもかかわらず、資本家に加担しつづけてきたこのみずからの犯罪にほおかむりして、いまだなお「生産性向上」をがなりたてている「連合」労働貴族ども。われわれは彼らを絶対に許すわけにはいかない。
最後にもう一度言っておこう。安倍政権にたいする忠誠の証≠ニして「生産性三原則」なるものをこと改めてもちだしてきた「連合」指導部。彼らはこれを「政労使が共通の目標・目的を持ってスタートした大きな運動であった」と美化する。だが、旧同盟労働貴族の原点≠ナある「生産性三原則」は、戦後日本労働運動を右翼的に変質させ、労働戦線の帝国主義的再編を導いたイデオロギーにほかならない。さらに彼らはオイルショック直後の一九七五年春闘を政労使が一体となって狂乱物価を抑えたとして評価してみせる。だが、賃金抑制攻撃に屈してしまったこの年の春闘こそ、春闘の歴史的敗北の始まりではなかったか。
「連合」労働貴族は今、その腐敗を一段と深め、「生産性向上の国民運動」の名において産業報国運動の組織化に現実的に踏みだそうとしている。労働貴族がこのような腐敗を深める根拠は「経済の好循環実現」のために労・使・政がうって一丸となって協力しあうという政・労・使協議路線にあり、その根本は階級宥和の思想に彼らが陥没していることにある。
グローバルエコノミーのもとで貧富の格差がいよいよ深まり、マルクスが生きていた時代のような貧困を労働者・勤労人民が強制されている現在、そしてこの根底において階級対立がいよいよ深まっている現在、独占資本家の手先として階級宥和の思想にもとづいて「生産性向上」の旗をうち振る労働貴族どもの跳梁をわれわれは絶対に許すわけにはいかない。彼らは、多くの(とりわけ若年の)労働者が疎外された労働からのひとときの安息を現代のアヘン≠ニでも言うべき種々の電脳ツールに求めていることをよいことに、みずからが変質させ・形骸化させてきた労働組合の官僚としてふんぞり返っている。われわれは今一六春闘のただなかで、「連合」指導部の反労働者的本性を余すところなく暴露しつつたたかおう。わが革命的・戦闘的労働者は職場・生産点において労働組合員たるの資格において創意的に活動し、一六春闘の戦闘的高揚をかちとるとともに、労働組合の戦闘的強化をかちとるために奮闘しよう。
註 「インダストリー4・0(「第四次産業革命)」 二〇一四年以来ドイツ政府が主導して開発をおしすすめている企画開発・部品調達・製造・流通・販売・メンテナンスなどの段階を統合して管理するシステム。それぞれの段階で得た情報をそれぞれバッチ処理(一括処理)し集中していた従来のやり方に代えて、部品や製品にICタグやセンサーをつけ、さらに製造装置にAI(人工知能)を装着し、そうすることによってこれらの情報をインターネットをつうじてコンピュータにリアルタイムで伝達・処理するとともにそれぞれの段階にただちにフィードバックする・このようなシステムを構築することをめざしている。この中心技術が今日では「IoT(インターネット・オブ・シングス)」と呼称されている。アメリカではGE・IBM・インテルなどが中心になって二〇一四年に「インダストリアル・インターネット・コンソーシアム」を立ちあげた。
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